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沿革

沿革

    当寺は現在、臨済宗南禅寺派に属し、古くは蔵春庵とも呼ばれておりました。天平年間・聖武天皇の時代の建立されたと伝えられています。南北朝時代の暦応年間(1338~)、北朝第一代天皇であった光厳天皇によって中興された勅願所であります。

 光厳天皇の再興にかかり、永和年間(1375~)に本堂が建立されました。江戸時代、寛保3年(1743)に再興、宝歴8年(1758)の改修と二度に亘る大きな修築や加作がなされ、永和年間建立当時の堂宇、内陣とはかなりの様変わりがあると思われますが、それでも欅の太い円柱や桁梁の木割などは創建当時の面影を今も残しているとみられます。

 安土桃山時代の戦国の世に至り、明智光秀が周山に城を築こうとして、その用材確保の為に近隣の神社仏閣等を徴用し、薬師寺の建物も良材であったため再三取り壊しにやってきましたが、本尊薬師如来の霊力により、明智の軍勢も当寺を破壊できなかったという逸話が薬師寺縁起絵巻に記されています。また光秀が、徴発を企てたときの痕跡が今も円柱に残っています。